明和9年(1772)6月、会津藩士・安部井武氏(あべい・たけうじ)により編纂された私撰和歌集。序文と作者略伝、本文・上中下巻から成る。「そもそも みちのくに会津のさとは 都のさかひはるかに…」と始まる序文では、文化果つる地であった会津も、保科氏の治世になり、藩の威徳でもって、和歌の道が興隆する次第となった。古人のすぐれた業績が後世に伝わるよう、様々な歌を選び、一冊の書を編んだ、と格調高く述べられている。略伝には、俗名、職業、誰の門人であるか、などの説明がある。藩内の歌人が大部分を占め、その内訳は、武士、神官、僧侶、医師などヴァラエティに富む。64人の902首を載せる、と書かれているが、実際に収録されているのは729首。撰集の伝統的なスタイルにのっとり、春夏秋冬の四季の歌、恋歌、神祇歌、賀歌、羇旅歌、雑歌、哀傷歌、釈教歌の部立てのもとに配列されている。江戸時代中期の会津歌壇情勢を知るための、重要資料である。
編者の安部井武氏は、通称又蔵、〓園と号し、水月堂と称した。会津藩藩校・日新館の草創期に和学師範をつとめ、和歌を講じた。国学者にして歌人・沢田名垂(なたり)は弟子にあたる。武氏の著作には、『水月和歌集』『角〓草(すもうぐさ)』『〓園抄』『関山日記』などがある。和歌の発展に貢献し、往古の歌人達の足跡が今に伝わるのは武氏の尽力による、と激賞されている(『日新館志 巻九』)。『磐梯和歌集』は、まさに、それを証するものといえよう。
残念ながら、武氏自筆のオリジナルは失われて久しい。数種類の写本が現存するのみである。喜多方市立図書館所蔵のものは、序文と作者列伝、及び安田亨意(りょうい)の歌252首を記す抄出本である。郷土研究家・菊池研介による明治期の目録に、喜多方本と思われる写本についての記述があり(『会津藩著述目録』等)、貴重資料として認識されていた歴史がうかがわれる。完本は、当館所蔵本と会津初瀬川文庫所蔵本の2種類。『福島県史 文化編』で言及されているのは、当館本である。当館本は、文化15(1818)年2月石川良之助敏好により手写。元来は2巻本であったものが、1冊に合綴されている。伝来は不詳だが、図書館が昭和10(1935)年に購入した旨の押印がある。近年、国文学研究資料館長・松野陽一氏により、全国諸藩の「藩内歌集」と共に紹介され、あらためて注目を浴びた。
『磐梯和歌集』は、1997年、初瀬川本と当館本が、国文学研究資料館によりマイクロフィルム化された。かけがえのない文化遺産が、紙からフィルムへと媒体を変え、広く一般の利用が可能になったことは非常に喜ばしい。原物を保存し、後世に伝えることは当然であるが、活字化や、他媒体への変換をはかり、より広い利用を考える必要がある。福島県の誇る素晴らしい古典が、近世日本人の文学活動の一環として、全国諸藩の詩歌集と共に、研究・活用される時がくることを願ってやまない。
〈調査課:阿部千春〉