巻頭随想 「図書館のエクササイズ」 手塚 裕美 氏

 

体が小さい割に、文節が長く、単語は洗練されているのだが、姿勢はぼやき漫才である作家金井美恵子と、洗練されているとは言い難いが、音と字面と文節における、破調の規則性を持つらしい、ルーズな晴眼の琵琶法師、町田康との共通点は何でしょう。伝え聞くところによりますと、二人とも複数の図書館の全蔵書を読破したと、高らかに宣言している人物であるのですが、それを虚言であると弾劾するつもりはありませんし、彼らにしても、自分たちがファウストのように退屈していると自賛するのが目的ではないのであろうと考えます。そうして、そのような人たちなら、図書館の棚に「文献探索」というタイトルの冊子が並んでいたら、きっと手に取ってくれるに違いないとわたしは思うのです。図書館にはさまざまな資料があります。読書は文字を読むだけではなく、ものとものの間の新しい関係を感知させてくれますが、そのためには少しだけ訓練が必要となります。

「文献探索」は図書館の資料とお近づきになるためのワークブックのようなものです。テーマを設定して、図書館で実際に見ることができる記事を雑誌・新聞・図書などから収集していくのです。しかし、現在、図書館も歴史資料館なども保管する対象は紙関係ばかりではありません。一九九一年度に「文献探索」に掲載された「図書館・図書館員が登場する映画と関係文献」、一九九八年度の「映画で図書館を観る」というレポートを見ますと、図書館は膨張というか成長を続けている様子が窺われます。図書館が主役の映画といえば、やはり「薔薇の名前」と「ベルリン・天使の詩」でしょうか。レポートには取り上げられなかった日本の作品「ありふれた愛に関する調査」では図書館が違法行為の密談の場所として使用されてしまいました。大島弓子の漫画に出て来る、悲しい海熱病の船乗りは「図書館は水族館だ」と呟いて、主人公を戸惑わせますが、船乗りが彼なりに図書館に馴染もうとする健気さが読後に強い印象を残します。そういえば中学生の頃、校舎の中での宝探しが流行したことがあって、例えば放課後、理科実験室の机の抽斗の中や、美術室の道具箱の中にたからものを隠したのでしたが、図書館の本の間に暗号文や地図を隠すというのは常套的に利用されたポイントで、わたしたちは読書はせずに図書室に、盛んに通ったものです。これらは正しい図書館のエクササイズとはいえませんが、その空気に触れる、浸るという効果は大いにあります。

図書館はある種の聖域です。誰でも受け入れてくれる空間ですが、土足で踏み込んではいけません。ジャパニーズ・スタイルに則って玄関では靴を脱ぐという意味ではありませんよ。

「文献探索」は福島県立図書館にも、福島県歴史資料館にも収蔵されています。手に取って見て、それぞれのたからものを発見してください。

手塚裕美(てづか ひろみ)
福島市生れ。東洋大学文学部印度哲学科卒。
紀伊國屋書店から早稲田大学図書館に出向し、蔵書のデータベース作成に従事。
深井人詩氏主宰「文献探索」に参加。福島県歴史資料館嘱託司書。