巻頭随想 「一隅を照らす」 玄侑 宗久 氏

 

わが禅宗の人ではありませんが、伝教大師最澄に「一隅を照らす」という言葉があります。よく坊さんと物書きと、両方する上で困ることはありませんか、と訊かれますが、大抵この言葉で答えます。両方とも一隅を照らすことですし、別に困りません、と。頭では総論を想いながら、行動は常に個別に、というのが私の思う理想的な生活です。別な言い方をすれば、遠い星を見据えながら、手足は近くの人のために動かす、とも言えるでしょうか?

しかし遠くの星にあたる総論を持つのは、殊に宗教の場合難しいことです。たとえば仏教でも、「仏教」のお寺というのは一つもない。みな天台宗だったり日蓮宗だったり、つまり各論の入口から入ることになり、そこから総論まで至る人は殆どいないのではないでしょうか?

総論を見渡して各論へ進むという通常のやり方は、場合によってはガンの治療の方法論でもそうですが、宗教の場合も、たまさかの出逢いに大きく左右され、どうも容易にとれる方法ではないようです。大抵総論を持てないまま各論どうし比較して争ったりしています。

宗教の全体を見渡してみたいと思ってきましたが、しかしどこまで行っても全てを見渡すことなど不可能で、結局私たちは様々な一隅を見据えて生きていくしかないのだと、最近は思い定めました。

一隅というのは、光の射しにくい場所であり、また常識に属しにくい人々です。うちのお寺のある地区は「御免町」と呼ばれ、江戸時代まで「駈け入り」が行われた記録がありますが、いわば常識を作る体制からは罪人とされる人でも、住職は別な眼を注いで救ったということでしょう。そこまで大袈裟なことを考えているわけではありませんが、少なくとも「一隅を照らす」と言う以上、常識を理由に否定する態度はとるまいと考えています。

デビュー作になった『水の舳先』では難病の人々の「水への信仰」を描きました。ルルドの泉への信仰は何度もバチカンに禁じられたほど危険視されたものです。また今回芥川賞を受賞した『中陰の花』では、おがみやと呼ばれる民間の宗教者を描きましたが、これも我々には見えないものが見えるという、ちょっと怪しい世界です。

一隅は暗くてよく分からない場所でもありますが、常識から見て分からないからといって否定するのは早いと思うのです。難しいことですが、異質な世界と知りつつも受け容れるということが、人間にはできるのではないでしょうか? 仏教ではそれを「慈悲」と呼びます。

受け容れることは同ずることではなく和することです。B型の母親がAB型の子供を宿して育めるように、人は異質な世界を受け容れることでなにか偉大な命を創りだせる気がします。所詮は一隅どうし、お互いが照らしあうことでまた別な一隅を創るのかもしれませんが、それでもいいと、私は思います。

読書とは、おそらく一隅を見つめる力を養う作業です。

玄侑宗久(げんゆう そうきゅう)
1956年三春町生まれ。慶應義塾大学中国文学科卒業。京都の天龍寺専門道場で修行し、現在は臨済宗妙心寺派福聚寺の副住職を務める。

デビュー作「水の舳先」が第124回芥川賞候補となり、続く「中陰の花」で第125回芥川賞を受賞。